柴田大介のプロフィールはこちら
《ウェディング業界に入るきっかけ》
学生時代はスポーツばかりの生活でお化粧なんて何一つ知らない子でした。ウェディング業界に興味を持ったのは高校生の頃、進路に悩んでいた私。美容学校のパンフレットで存在を知り一目惚れする。
《プランナーからヘアメイクへの転身》
美容学校のブライダル学科を卒業後、ゲストハウスのプランナー部門で約3年勤務。しかし自分の仕事のできなさに「お客さんに迷惑をかけてしまう」と挫折し退職。他業種でアルバイトをしていた期間、ウェディング業界のやりがいを忘れられず戻ろうか悩んでいた時に当時お付き合いしていた彼(現夫)に「手に職をつけて業界に戻ってみては?」と勧められたのがきっかけでヘアメイクをどう始めたら良いか調べ始めます。
美容専門学校出身のため最低限のメイクや皮膚科学の知識はありましたが、あくまで学校での知識、お客様に提供できるような技術は全く持っておらず、ヘアメイクを生業としている方にお話を聞いて周り、”未経験でも研修を受けさせてくれて、デビュー後もたくさんのお客様を任せてもらえる件数がある会社を探す”と自分の中で選択肢を絞った結果、大宮のブライダル美容会社に就職、そこから栃木市から大宮へ通いの日々が始まりヘアメイクとしての経験を積み始めます。
プランナーの経験も活かせて、結婚式当日を新郎新婦に1番近いところでサポートをしたい。過去にやりきれなかった分、この仕事に全力を注ごうと決意しました。
《技術職で生き抜く大変さを知る》
ヘアメイクデビュー後、自分1人で新郎新婦の案内も慣れてきた頃とある花嫁様との出会いが技術に対する考えを改めるきっかけとなりました。当時、話題になり始めた「東京駅前撮りをしてきました」という花嫁様の結婚式の担当をする事となりました。その方は前撮り時にはその界隈で大人気のヘアメイクさんに担当してもらったとの事で当時、経験がまだ浅い私にはとてつもないプレッシャーでした。なんとかその花嫁様のヘアメイクリハーサル、挙式当日までご一緒したのですが挙式数日後、花嫁様のSNSで私の名前の公開はなかったものの「挙式は良かったのにヘアメイクさんだけ残念だった」という投稿を見つけ、目の前が真っ白になりました。
「経験が浅いから失敗して当たり前」と一瞬頭を過りましたが、1人でも花嫁様を満足させる事ができなかったことが悔しく、すぐに大人気のヘアメイクさんのセミナーに参加し、ヘアメイクのオンラインセミナーはもちろん、人気ヘアスタイルの研究により一層の時間を費やすようになりました。
その後からというもの今まで以上に「綺麗にしてくれてありがとう」「あなたで良かった」
との声をいただく事が倍増したと感じ出しました。
これを機に一つの結婚式場の中だけでの知識では花嫁様を満足させきれないと思うようになり、フリーランスとして活動されている人たちの技術や知識に興味を持つようになりました。
《美容師免許と結婚、妊娠、出産》
ヘアメイク業にも慣れてきた頃、そろそろと思い美容師免許取得を目指し美容学校通信課に入学、仕事をしながらの免許取得に向けた勉強スタート。通信学生2年目の3月にフリーランス活動を始めるとほぼ同時に妊娠発覚。当時は「私はまだまだやりたい事がある。自分のために時間が使いたい」と妊娠に前向きではなく「妊婦をやめさせてくれ」と泣いて夫に頼み込んでいた私。今考えればとても酷いことを夫に言っていました。夫は「お前と家族になりたい」と何度も説得してくれました。
しかし、妊娠により周りからの気遣いを受ける事に悔しさを感じ、それを散らすように「妊婦だからって関係ない」と自分の中で休む理由にせず普通の人と同じような仕事量をする事を望み出産予定日1週間前まで現場で仕事をし、通信学生の実習授業も受けていました。
妊娠後期には夫が「結婚式場と撮影の契約をする事になった。1ヶ月以内に会社を設立する。」と急な話があり、協力する、しないの返事をする間も無くバタバタで自宅を事務所化したり仕組みづくりをし、夫婦で結婚式場の写真業をスタート。妊娠期間中、仕事がなく家でゲームばかりしていた夫にようやくご縁が舞い降りてきました。しかし会社を立ち上げ約1ヶ月後、そして臨月に入る日、2019年10月12日の台風19号「ハギビス」により自宅周辺が浸水、夫婦の愛車2台も水没による全損。出産予定日までに次の車を見つけねばと駆け回る日々を過ごしました。
怒涛の妊娠後期を過ごし2019年11月13日、愛娘が誕生日。最初の陣痛が始まってから3日間陣痛と闘い、最終日の夜は夫と実母が交代で朝まで付き添ってくれました。娘と会えたことでやっと妊娠に後ろ向きだった自分を説得し続けてくれた夫と私たちを選んでくれた娘に感謝をしました。
《子連れ家業のスタート》
娘が生後3ヶ月になる頃、世間では新型コロナウィルスの流行が始まりました。提携会場様からは結婚式の依頼は激減するも撮影だけの依頼はなんとかもらえる。しかしアルバイトさん
を呼ぶのは難しくなり、娘を連れながら結婚式の現場に出ることを決意。夫婦交代で娘を背負いながらの子連れ撮影業がスタートしました。
《試験合格とFruitsPhoto発足》
2021年5月17日、娘のお昼寝や寝かしつけ後などに時間を作って練習、勉強を進めていた美容師の勉強も1度は不合格だったものの2度目の試験で合格し免許取得をしました。それを機に本格的に夫婦主体で撮影業を始めようととFruitsphotoを発足しました。
MESSAGE
私は成人式の写真にあまり良い思い出がありませんでした。ですが時を経て今自分がヘアメイクアーティストとして経験を積み、”和装振付け”という和装のポージングや着物のラインを綺麗に形にしてくれる最高の技術を持ったフォトグラファーの夫と共に和装写真チームとしてクオリティの高い和装写真をお届けする活動が出来てることにとても喜びを感じています。
もちろん今も夫は和装写真を、私は流行のヘアメイクの追求と練習をお互い続け夫婦共に技術を磨くことにも時間を使っています。
流行の古き良き日本の伝統衣装を着るからにはロケーションだけでなく、花嫁さまの美しさを最大限引き出すメイクアップ、指先から足元まで綺麗なシルエット、全てにこだわりを持って欲しい。歴史深い世界遺産の町・日光で、いつまでも美しく残る記念撮影を1組でも多くのご夫婦にお届けしたいと考えています。